気づいたのは、何でもない火曜日の午後だった。
神田駅の改札を出て、いつもの通りを歩いていた。陽光は弱く、アスファルトには誰の影もぼんやりと落ちていた。ふと下を見て——違和感が喉の奥に引っかかった。
私の影が、合っていなかった。
立ち止まって、もう一度確かめた。右足を前に出す。影も同じように動く。だが、その位置が三センチほど左にずれている。足元のコンクリートの継ぎ目を基準に何度確認しても、影はそこになくて、少しだけ横にいた。
「——気のせいだ」
そう呟いて歩き出した。疲れているのだ。連日の残業で目が霞んでいる。そうに決まっている。
しかしその夜、風呂上がりに鏡の前に立った時、同じ違和感が襲ってきた。
蛍光灯の白い光の下、壁に映った私の影は——私の体と、確かに繋がっていなかった。かかとの部分が、五センチほど浮いている。影の足が、宙に浮いていたのだ。まるで私の体から剥がれかけたシールのように、端からはがれ始めている。
思わず後ろを振り返った。もちろん誰もいない。電気スタンドの灯りだけが、淡く部屋を照らしている。もう一度正面を向いた。影は元の位置に戻っていた。かかとはしっかり地面についている。
「見間違いだ。絶対に、見間違い」
鏡をタオルで拭いてから、ベッドに入った。だが寝つけなかった。カーテンの隙間から漏れる街灯の明かりが天井に細い影を落としている。その中に、見覚えのない形があるような気がした。
***
三日後、ズレは確実に進行していた。
会社の廊下を歩いている時、同僚の後輩が不意に声をかけてきた。
「先輩、後ろにもう一人誰かいるみたいに見えますよ。影が二つあるように——」
彼は冗談めかして言ったが、その目は笑っていなかった。私は曖昧に笑ってごまかしたが、トイレの個室に駆け込んで携帯のライトで自分の足元を照らした。床には確かに、影が二つあった。
一つは私の輪郭に沿った、普通の影。だがもう一つは——成長した。最初の三センチのズレが、今では三十センチ近く離れている。しかもその影は、私とは別の姿勢を取っていた。私は立っているのに、そちらの影はしゃがみ込んでいる。まるで地面に伏せて何かを待つように。
私はその日、早退した。
***
病院に行った。脳神経外科でMRIを撮り、精神科で診断テストを受けた。結果は「異常なし」。幻覚や統合失調症の兆候も見当たらない。眼科の検査でも視野に問題はなかった。
「ではこれは何なんですか」と私は医者に詰め寄った。「私の影が、勝手に動くんです」
五十代の精神科医は、穏やかな口調で言った。
「自己像の知覚に関する解離現象という可能性はあります。ただ、そうであればあなたは強いストレス下にあるはずです。自覚はありますか?」
「——いいえ」
そう答えるのが精一杯だった。確かに仕事は忙しいが、それで影が動くわけがない。医者は抗不安薬を処方して、二週間後にまた来てくださいと言った。
薬は何の効果もなかった。
***
一週間後、影は完全に私から分離した。
朝、目を覚ますと、カーテンの光が差し込む床の上に、私の影が「立って」いた。私がベッドで横になっているのに、影は起立している。人間の形をした真っ黒なシルエットが、じっと私を見下ろしていた——いや、見下ろしているように「感じた」。影に目はない。表情もない。ただそこに在るだけだ。
悲鳴を上げた。しかし声はひっくり返って、かすれた空気の音にしかならなかった。
影は動かなかった。代わりに、その輪郭が微かに震えた。そして——私の知っている動き方ではない方向へ、ゆっくりと腕を伸ばした。それは挨拶のようであり、何かを掴もうとするようでもあった。
私は飛び起きて、部屋を飛び出した。裸足のままアパートの廊下に立って、肩で息をした。隣の住人が怪訝そうな顔でドアを開けたが、構っていられなかった。
廊下の蛍光灯の下には、私の影が一つだけ、正常に落ちていた。
部屋の中に置き去りにした「あれ」は、もう影ではない。それは私の形を借りた、何か別のものだった。
***
それから三日間、私は部屋に帰れなかった。漫画喫茶に泊まり、シャワーは銭湯を使った。ただ仕事には行った。普通を装うことで、正気を保とうとした。
しかし二日目の夜、漫画喫茶の個室でふと鏡を見た時——私は凍りついた。
私の背後に、もう一つの影が落ちていた。部屋の灯りは天井から一つだけ。影は一人分しかできるはずがない。なのに、私の影の背後に、もう一段濃い影が重なっていた。まるで誰かが私の真後ろに立っているかのように。
振り返った。誰もいない。
もう一度鏡を見た。影は確かに二つあった。背後の影が、ゆっくりと肩の線をずらして——私と同じ形になった。ぴったりと重なった。だが、鏡の中の私は、なぜか泣いていた。私は泣いていない。なのに鏡の中の私の頬を、涙が伝っていた。
***
最終手段として、神社に行った。子どもの頃に初詣でしか行ったことのない、地元の小さな神社だ。社務所で事情を話すと、白い髭の神主は困ったような顔をした。
「影が離れるという話は、古くから言い伝えがあります。影は魂の器ともいわれる。影が離れるということは——魂が、この世界からはみ出しかけているということかもしれません」
彼はお祓いをしてくれた。塩を撒き、祝詞をあげ、お守りを渡された。私はそれを持って帰宅した。
部屋の中は——変わっていなかった。あの影はまだそこにいた。今度は壁の隅に縮こまるようにして、じっとこちらを見ている。私はお守りをかざしながら、慎重に部屋の中へ足を踏み入れた。
影が動いた。
ゆっくりと立ち上がり、壁を伝うように這いながら天井へ向かう。天井の隅で逆さまにへばりついた影は、重力を無視して形を変え始めた。人の形から、細長い何かへ。腕が四本に増え、脚が捩じれて——
「やめてくれ」
私は声を絞り出した。影の動きが止まった。そして、ゆっくりと元の人の形に戻った。
次の瞬間、影は一言も発さずに——しかし確かに、私に「語りかけて」きた。
感情だった。言葉ではなく、圧縮された感情の塊が、直接脳に流れ込んでくる。それは——寂しさだった。孤独。忘れられた存在の、深い深い悲しみ。まるで何十年も誰にも気づかれずに、壁の裏でじっと息を潜めてきた者の慟哭だった。
この影は、私の影ではなかった。
昔——この部屋に住んでいた誰かの、置き去りにされた影だったのだ。
***
不動産屋に問い合わせて、このアパートの過去を調べてもらった。この部屋には五年前まで、独り暮らしの老人が住んでいたという。彼は認知症が進み、誰にも看取られることなく、この部屋で亡くなっていた。発見されたのは死後三週間経ってからだった。
彼の名前は佐々木というらしい。人付き合いが嫌いで、近所の誰とも話さず、ゴミ出しすらまともにしなかった。孤独死的な扱いだった。遺体は引き取られ、部屋は清掃されて、また貸し出された。それだけの話だ。
——だが、彼の影はこの部屋に残っていたのだ。
死ぬ間際まで、唯一動かせた自分の体の一部。それがこの部屋の床に貼りついたまま、五年もの間、誰にも気づかれずに待っていた。新しい住人が来るたびに、自分を見てほしいと、存在を認めてほしいと、影をずらしてまで合図を送っていた。
私の影が「ずれた」あの日——それは彼の影が、私の影に触れようとした瞬間だったのだ。
***
今も私はこの部屋に住み続けている。
影は壁の隅で、時折こちらを見ている。もう怖くはない。たまに、彼——佐々木さんの影に話しかけることがある。「今日は雨だよ」「スーパーで卵が安かった」そんな他愛のないことだ。影は応えない。ただ、微かに揺れる。それが返事のように思える。
人間の存在って、案外あっさり消えるものだ。人は死ぬ。思い出は薄れる。名前は忘れられる。だけど——影だけは、残るのかもしれない。
誰かに見つけられるのを待ちながら、ずっと。
私は今夜も、壁の隅の影に向かって、おやすみと言う。返事はない。だが確かに、闇がほんの少しだけ和らぐ気がする。透ける影の向こう側で、誰かが微かに息をしている。