これは、私の大学時代の先輩——仮にKと呼ぼう——から直接聞いた話である。Kは都内の私鉄沿線にある小さな駅で、夜間の駅務アルバイトをしていた期間がある。業務内容は主に、終電後の構内見回りと、翌朝の始発に備えた清掃や券売機の点検だ。都心から快速で四十分ほどの郊外にある、一日の乗降客が二千人に満たない小さな駅で、周囲は戸建ての住宅街と小さな畑が点在する、のどかなベッドタウンだったという。
深夜になると駅前の商店街もすっかり明かりを落とし、街灯だけがぽつりぽつりとオレンジ色の光を投げかける。そんな静かな場所で、Kは週に三日、終電から始発までのあいだ一人で構内を管理していた。
終電は午前零時三十二分。上りも下りもこの一本で終わり、最後の乗客が改札を抜けると、Kがホームと待合室、トイレに人が残っていないかを確認するのが日課だった。その後、改札を施錠し、構内の清掃に入る。異変が始まったのは、Kがそのバイトを始めて二週間ほど経った、十月の終わりのことだ。
いつものように終電が発車し、構内を見回っていたKは、ホームの先端——一番端の、上り線の東京寄り——に、人が立っているのを見つけた。暗くてよく見えなかったが、スーツ姿の中年の男性のように見えた。うつむき加減で、線路の方をじっと見つめている。
「お客さん、終電終わりましたよ」
Kが声をかけると、男性はゆっくりと顔を上げた。青白い顔だった。四十代半ばくらいだろうか。くたびれた紺のスーツに、少し色あせたネクタイ。表情は——無だった。悲しみでも怒りでもない、ただすべてを手放した者のような、底の抜けた無表情。
「あの、大丈夫ですか」
もう一度声をかけると、男性は小さくうなずいた——ような気がした。しかし次の瞬間、Kがまばたきをしたその一瞬の間に、男性の姿は消えていた。Kは慌ててホームの端まで走った。線路にも人影はない。待合室にも、トイレにも、どこにもいない。改札はすでに施錠してあり、外に出ることは物理的に不可能だった。念のため防犯カメラの映像も確認したが、その時間帯に改札を通過した記録は一切なかった。
「気のせいか……」
その日はそう自分に言い聞かせて、Kは仕事を終えた。しかし翌日も、そのまた翌日も——男性は現れた。いつも終電が去った直後。いつも上り線のホームの一番端。いつもうつむいて線路を見つめている。雨の日も、風の日も、十一月の凍えるような夜も——決まってホームの先端に立ち、何かを待つように佇んでいた。Kは何度か声をかけたが、反応はいつも同じだった。顔を上げ、虚ろな目でKを一瞥し、まばたきの間に消える。
さすがに不気味に思い、Kは一週間ほど経ったある夜、駅長室にいたベテランの駅長にそれとなく尋ねてみた。
「この駅で、何か……事故ってありました?」
六十歳近い駅長は、一瞬だけ顔をこわばらせた。しばらくの沈黙の後、深いため息をついて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……二十年前の話だ。十月の終わりだった。一人のサラリーマンが——まだ四十五歳だった——終電の時間に、上り線のホームから飛び込んだんだ」
リストラされた直後で、家族にも見放されていたらしい。妻子と三人暮らしだったが、会社を辞めたことをきっかけに離婚を切り出され、家を出るしかなかった。会社も家族も失った彼が最後に選んだ場所が、この駅だった。残されたのはスーツのポケットに入った一枚の家族写真だけ。遺書も何もなかった。事故処理にあたった当時の駅員たちは、その写真を見て言葉を失ったという——写真の中の男性は、妻子と笑顔でピースサインをしていた。前の年の夏、ディズニーランドで撮った写真だった。
Kは背筋が凍るのを感じた。年齢、季節、服装——すべてが自分が見た男性と一致していた。しかも、その事故の日付は十月二十八日。偶然にも、Kが初めて男性を見た日とまったく同じ日付だった。
「あの場所なんだ」と駅長は続けた。「上り線の一番端。彼が最後に立っていた場所だ」
Kはそれからもアルバイトを続けた。あの男性を見るたびに、怖さとは別の感情が湧き上がってくるようになった。それは——哀れみだった。二十年前の十月の終わり、一人の男がすべてを失い、この駅にたどり着いた。誰にも看取られず、誰にも止められず、冷たい線路の上で人生を終えた。そして今も、あのホームの先端に立ち続けている。もしかしたら彼は、誰かに「止めてほしかった」のかもしれない。あるいは——誰かに「見つけてほしかった」のかもしれない。
十一月に入り、季節が深まるにつれて、夜の冷え込みは厳しくなっていった。Kはいつものように見回りをしながら、あの場所へと向かった。男性はやはりそこに立っていた。紺のスーツが夜風に揺れる——いや、実際には揺れてはいなかった。風は彼の体をすり抜けているのだろう。それでもKは、いつもより少し長く、彼のそばに立っていた。
そして深く息を吸い、できる限り穏やかな声で言った。
「もう、終電は終わりましたよ。そろそろ……帰りませんか」
男性は顔を上げた。いつもは虚ろだった目が、その夜だけは——ほんの少しだけ、潤んでいるように見えた。そして彼は、初めて、かすかにうなずいた。
次の瞬間、姿は消えた。しかしその夜を境に、男性は二度と現れなくなったという。
Kはその年の十二月でアルバイトを辞めた。就職が決まったからだ。しかし今でもたまに、用事であの沿線を通りかかることがあるそうだ。上り線のホームの先端、あの場所には——誰が供えたのか、季節の花と缶コーヒーが置かれていることがあるという。それはおそらく、あの駅長が時々置いているのだろうと、Kは言っていた。
終電が走り去ったあとのホームは、やけに静かだ。風の音も、虫の声も、何も聞こえない。ただ、暗がりの向こうで、誰かがまだ立っているような——そんな気配だけが、かすかに残っている。