まなざし

心理ホラー |2026.07.25

通勤電車の中で、私が最初に気づいたのは、向かいの席のサラリーマンだった。

月曜の朝、私はいつものようにスマートフォンでニュースを流し読みしていた。ふと顔を上げると、四十代くらいの男性が私を見ていた。それだけなら珍しくない。満員電車では人はよく目が合う。

違和感を覚えたのは、私が視線に気づいたあとだった。

普通、目が合えば互いに逸らす。気まずそうに、あるいは何もなかったかのように。しかし彼は逸らさなかった。それどころか、口元にうっすらと笑みを浮かべて、まるで私の反応を楽しむように見つめ続けた。

私は急いで視線を落とした。心臓が少し早くなっていた。新宿駅で彼は降りていった。

その日は、それで終わった。

しかし三日後、渋谷のスクランブル交差点で信号待ちをしていたとき、斜め前に立つ若い女性が私を見ていた。整った顔立ちの、二十代半ばくらいの女性。彼女もまた、口元に同じ薄い笑みを浮かべていた。

あの笑みだ。

ふとそう思った。月曜のサラリーマンとまったく同じ表情。口の端の上がり方、目の細め方——笑っているのに、目だけがまったく笑っていない。まるで、誰かが「笑顔」を一度も見たことがないまま、説明書だけで再現しようとしているような、ぎこちなさがあった。

信号が青に変わり、人の波が動き出しても、彼女は数秒間その場に立ち尽くして私を見ていた。

コンビニのアルバイトの店員。カフェで隣の席に座ったカップルの男性の方。マンションのエントランスですれ違った宅配便の配達員。夜、ひとりで食材を買いに行ったスーパーで、冷凍食品の前を通りかかった中年の女性。

一日に一人か二人。そのくらいの頻度で「あの表情の誰か」に出会うようになった。

見られている。じっと、微笑しながら。

最初のうちは「被害妄想だ」と自分に言い聞かせた。都心で暮らしていれば、他人にじろじろ見られることくらいある。偶然が重なっているだけだ。

しかし、二週間が過ぎたあたりで、私は確信した。

彼らはみな、完璧に同じ表情をしている。

口元のわずかな歪み方。まぶたの落とし具合。頬の筋肉の緊張。それが寸分違わず一致している。そして全員が、私から目を逸らさない。

私が最初にやったのは、記録を取ることだった。もともとグラフィックデザイナーという職業柄、細部を観察する癖はあった。スマートフォンのメモ帳に、日時と場所、相手の服装や推定年齢、何秒間見られていたか——思いつく限りのデータを書き留めていった。

一ヶ月分の記録をExcelにまとめて、私は奇妙なパターンに気づいた。

彼らは必ず、私から見える距離の範囲内に立っている。近すぎず、遠すぎず——まるで、私が気づくように計算されているかのように。

そしてもう一つ。私が誰かと一緒にいるとき、彼らは決して現れなかった。夫とスーパーにいるとき。同僚とランチをしているとき。友人と電話をしながら歩いているとき——そういうときは、誰も私を見てこない。

でも、一人になった瞬間から、どこからともなく彼らは現れる。

エレベーターに一人で乗ったとき。駅のホームで電車を待っているとき。夜中、夫が寝静まったあとのリビング。窓の外の街灯の下に——立っている。私を見ている。微笑んでいる。

三ヶ月目の雨の夜、それは夫にも及んだ。

二人でソファに座って、録画していた海外ドラマを見ていた。夫はワイングラスを揺らしながら、画面に見入っているようだった。何気なく横顔に目をやった瞬間——彼の視線はテレビではなく、私に向いていた。

そして、口元にあの笑みを浮かべていた。

「……何?」

私の声はかすれていた。喉が急に乾いていた。

「え?」夫はきょとんとした。「何が?」

その瞬間、彼の表情はいつもの優しい顔に戻っていた。でも、私は確かに見たのだ。

「今、私のこと見てたでしょ」

「見てないよ。ドラマ見てたじゃん」

嘘だ。確かに見ていた。あの表情で。

その夜、寝室で私は震えながら、この数ヶ月の可能性をすべて頭の中で並べていた。統合失調症。妄想性障害。現実認識の崩壊。

翌日、有給を取って総合病院の精神科と神経内科を回った。問診、心理テスト、MRI。二週間後、私は検査結果を聞きに病院へ行った。

「異常はありません」

医師の言葉に、私は安堵よりも深い絶望を感じた。自分の現実を医学が否定したのだ。私が見ているものは「存在しない」。ならば私自身が間違っている。狂っている。

でも——もし、私が正しいとしたら?

その夜遅く、私は決心した。夫が寝静まったのを確認して、洗面所の前に立った。深呼吸を三回。そして、鏡をまっすぐに見た。

鏡の中の私が、ほんのわずか遅れて動いた。

違う。遅れているのではない。鏡の中の私は、私の指示を待たずに、自分から動いているのだ。

右手を上げた。鏡の中の右手は、ゆっくりと下がった。

左手を上げた。鏡の中の左手は、その場に留まった。

心臓が耳の中で鳴っている。額に冷や汗が浮かぶ。私はもう一度、両手を顔の高さまで上げた。

鏡の中の私は、両手をだらりと下げたまま、口元だけをゆっくりと持ち上げた。

あの笑みだった。

何百回も見てきた、けれど私自身のものではない笑み。完璧な再現度で、私の顔に貼りついている。

そして、唇が動いた。

「みつけた」

声はしなかった。しかし、唇の動きははっきりと読めた。

み・つ・け・た。

私は叫んだ。右手を握りしめ、鏡を殴った。ガラスが砕ける鋭い音。破片が床に散り、指から血が流れ出る。それでも——床に落ちたガラスの破片の一枚一枚に、私の顔が映っている。どの破片でも、どの破片でも——私の口元はあの笑みを浮かべたまま、こちらを見つめている。

私はその場に崩れ落ちた。壊れた鏡の向こうから、かすかな声が聞こえる。

夫の声。母の声。同僚の声。そして、私の声。

「まだ気づいていないの?」
「ずっと一緒にいるのに」
「私たち、みんな、あなたを——」

私は耳を塞いだ。

それから一週間、私は外に出ていない。会社にも連絡していない。カーテンを閉め切り、割れずに残った姿見も浴室の鏡も、すべてシーツで覆った。スマートフォンの画面さえも伏せている。画面が反射して、そこに私の顔が映るのが怖かった。

メモ帳を開く。最後の記録は三日前だった。

「七月二十五日。午前二時十七分。リビング。私自身」

記録を取るのをやめたのは、単純な理由だった。もはや誰が私を見ているかなど、意味のないデータになっていたからだ。

だって、今では世界中の誰もが、あの表情で私を見つめている。夫も、母も、テレビの中のニュースキャスターも、スマートフォンの待ち受けに設定した風景写真の中にすら——どこからか現れた人影が、こちらを見て微笑んでいる。

そして昨日、私は気づいてしまった。

彼らは「私」を見ているのではない。

私のすぐ後ろに立つ、何かを見ているのだ。私の肩越しに、私が決して振り返れない場所に立つ、何かを。

振り返れない。だって、振り返ったら——そのときこそ、すべてがわかってしまうから。

それでも今夜、私は思う。

もしかしたら、最初に見たあのサラリーマンも、信号待ちの女性も、コンビニの店員も——みんな、私に「気づけ」と教えたかったのかもしれない。私自身の中に住み着いているものに。日常の中にひっそりと根を張り、私が私であることを少しずつ侵食しているものに。

私はまだ、振り返っていない。

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