八月の入り、夏季休暇で帰省した。新幹線を降りたホームは湿った熱気に包まれ、駅前には縁日の提灯が並び始めていた。母からのメッセージは短かった。『鍵は植木鉢の下。風鈴、直しておいて』。どの風鈴かは書いていなかった。
実家は線路沿いの古い二階建てで、縁側の軒に子どもの頃から同じガラス風鈴が下がっていた。透明な半球に薄い青の模様、短冊は晒しの白。父が生きていた頃、夕立の前になると必ず鳴った。父が亡くなって七年、母は手入れをやめ、私は都会で季節の飾りをほとんど持たない生活をしていた。
植木鉢の下の鍵で玄関を開け、荷物より先に縁側へ回った。風鈴はあった。だが向きがおかしかった。短冊が家の内側を向き、ガラスの口がわずかに家の方へ傾いている。普通、風鈴は外の風を受けるように外側へ開く。踏み台に乗って紐を直そうとした。指が玉に触れた瞬間、無風の縁側で、風鈴がひとつ澄んだ音を立てた。
音の余韻のあいだ、頭の奥で小さな引き出しが閉まる感じがした。何かを思い出そうとして、手がかりだけが消える感じ。短冊には筆で小さく、『向きを戻すな』とあった。筆跡は母ではなかった。父でもない。誰かの、少し震えた字だった。
母は夕方、スーパーの袋を下げて帰ってきた。『風鈴、触った?』と開口一番に聞いた。『向きが変だったから直そうとしたら鳴った』と言うと、母の顔から血の気が引いた。『戻してないでしょうね』。『触っただけ』と答えると、母は安堵と警戒の混じった息を吐いた。『今年は向きを変えたままにして』。
夕食後、縁側で母は口を開いた。『お父さんが亡くなる前の夏、風鈴の向きが一度だけ内側になったの。直したら、お父さんが駅の名前を忘れた。次の日には私の旧姓を忘れて、その次には、あなたの幼い頃の顔を忘れかけた』。短冊の裏には薄い墨の日付が連なっていた。父の病室のメモと同じ書き方だった。
『病院の数値は境界で、医師はストレスだと言った。でも外側に戻すたびに、お父さんの中から夏の記憶が欠けていった。縁日の味、水泳教室、花火の色。内側のままにしておくと、欠け方は止まった。代わりに、家の中の時間が少しずつ遅くなる。時計が合わない。番組表がずれる。郵便が遅配になる。でも、お父さんの目の中の私が消えなくて済んだ』。
父は冬に亡くなった。『今年の七月末、また向きが内側になっていた。直さないと決めた。あなたが帰る前に、短冊へ書いておいた』。筆跡の主は母だと言った。だが字は母の走り書きより古く、父のメモに近かった。指摘すると、母は短冊を握った。『書いてる途中で、手が自分のようでなくなることがある』。
その夜、二階の昔の部屋で窓を少し開けた。無風だった。それでも縁側で、風鈴が間隔を置いて鳴った。いち、に、と数えられるほど規則正しい。鳴るたびに、子どもの頃の夏休みの断片が薄くなる気がした。縁日のマスクの感触、友達の名前の一音、池の亀の甲羅。確かめようとすると、対象ごとぼやける。
母の部屋では、暦の日付に黒い印が付いていた。『鳴った回数を消している』と母は言った。『内側を向いている夏は、外の日付と家の中の日付がずれる。ずれた日数だけ、誰かの夏が減る。減らされる側を、風鈴が選ぶ。お父さんのときはお父さんが選ばれた。今年はまだ分からない』。
翌朝、スマホの日付は八月五日のままだったが、新聞の紙面は八月三日になっていた。母は平然と古いチラシを分け、『外に合わせると危険だから、家の中は遅れに付き合う』と言った。会社チャットで『帰省中』と送ると、既読はすぐ付いたが、返信の時刻表示が昨日になっていた。スクショの中の時刻だけが正しく、アプリ上ではまたずれた。
昼前、私は風鈴を外側へ戻した。母の制止を振り切り、紐をひねった。ガラスの口が道路側を向く。無風のまま、風鈴は長く鳴った。余韻のあいだに、母が膝から崩れた。『お父さんがくれた結婚指輪の内側の刻印、今、読めない』。文字は潰れて擦れだけになっていた。私の薬指の銀輪——父が卒業祝にくれたもの——の内側、『夏を忘れるな』も半分消えていた。
慌てて向きを内側に戻す。風鈴は短い音を一つ立てて黙った。刻印は戻らない。銀輪の消えた半分も空白のままだった。『戻るものと戻らないものがある。だから向きを戻すなと書いた』。短冊の末尾に追記が増えていた。『欠けるのは記憶だけではない。約束の残骸も』。筆勢は、明らかに父に似ていた。
その日から向きには触らなかった。鳴る回数と欠けたものをノートに書いた。一回目——プールで息が続く感覚。二回目——幼なじみの苗字。三回目——駅前の氷菓屋の味。味だけが先に消え、看板の色は残った。四回目の夜、母が『あなたの声が、幼い頃の録音に近くなってきた』と言った。七歳の誕生日の動画では、映像の中の私と今の笑い声が重なり始めていた。
怖くなって縁日へ行った。金魚すくいの隣に、風鈴の露店があった。老人がガラスだけを並べている。『うちの軒に似た音の玉はありますか』と聞くと、老人は目を細めた。『向きを内側にしてる家の人だね。外側にすれば夏は進む。内側にすれば夏は貯まる。貯めた夏は、誰かが代わりに歩く。代価はもう受け取っている。短冊に名前を書いた人の分だ』。
名前など書いていない、と言うと、老人は帳面を見せた。父の名、母の名、私の名が、帰省した日付の横に並んでいた。『書いたのは風だよ。無風のときに鳴る風が、必要な名を拾う』。撮ろうとすると提灯が消え、隣は空き地になっていた。足元に残ったガラスの欠片は、実家の風鈴と同じ青だった。
家に戻ると、無風の縁側で風鈴が激しく鳴っていた。母は暦をなぞっていた。『今日で外と中が三日ずれた。お父さんが最初に三日分欠けたときと同じだ』。短冊には新しい一文が増えていた。『欠ける側が決まるまで、向きを変えるな。決まったあとも、変えるな。変えるのは、次の誰かの番だ』。
夜中、短冊の紙擦れが父の声になった。『夏を進めたかっただけだ。締切も病院の順番も、外側の時間に置いていかれるのが怖かった。家だけ遅らせた。遅らせたぶん、誰かの夏が薄くなった。最初は自分の夏だけで済むと思った。済むわけなかった。名前を拾う風は、家にいる温かい方から取る』。
私は踏み台に手をかけ、やめ、またかけた。銀輪に残った『忘れるな』が月光で白い。外側へ戻せば日付は追いつくのかもしれない。内側のままなら、声は子どもに近づき、父の遅れに沈む。短冊が最後の一行を増やした。『選べ。欠けるか、遅れるか。風鈴は、決めた方へ口を向ける』。
紐から手を離し、短冊だけを裏返した。表にはもう『向きを戻すな』はない。『向きは、もう決まっている』。ガラスの口は、母と私の中間——縁側の畳の中心——を向いていた。外でも内でもない、家の人間のあいだ。無風のまま、風鈴が低く長く鳴った。その音のあいだに、母が私の幼名を呼び、私が母の旧姓を呼んだ。朝には、どちらか一方が薄れているのだろう。
休暇の最終日、駅のホームでスマホの日付は外の八月十日と一致していた。家を出るとき、風鈴は再び道路側を向いていた。母は笑顔で手を振った。七日分の夏がどれだけ残っているかは分からない。車内で銀輪の内側を見ると、文字は完全に消え、小さな矢印のような傷だけが増えていた。指す先は環の外側。縁側の写真では、短冊の裏面に、次の帰省者の名を書く余白がまっ白に開いていた。
今も都会の夜は暑い。風のある日は普通の風鈴が鳴る。無風の夜だけ、イヤホンを外すと、線路沿いの実家の軒から聞こえるはずのない音が、耳の奥でひとつ落ちる。落ちるたびに、今年の夏のどこかが写真に写らない形で欠けていく。向きを決めているのが私なのか、風鈴なのか、すでに欠けた父なのかは、もう検証できない。検証するための夏の側が、先に薄くなっているから——。