私が警備員として働いているのは、都心から私鉄で三十分ほどの駅前にある、八階建ての自走式立体駐車場だ。深夜零時から朝六時まで、管理室に一人で詰めて、一時間おきに各階を巡回する。契約は月極と時間貸しの混在で、平日の夜はほとんど埋まっている。管理室の一覧盤には各階の空車状況がランプで表示され、緑が空き、赤が満車を示す。三年前にこの仕事を始めた頃から、六階の奥、区画番号「六一二」だけが、どれだけ埋まっていても緑のまま点滅することがあった。夜勤仲間の間では、ただの古い設備の癖として扱われていた。
最初の頃は単なる誤作動だと思っていた。センサーの不良は珍しくない。先輩に聞くと、「あそこは昔から直らない」とだけ言われた。修理業者を何度呼んでも、当日は正常に作動し、業者が帰ったその晩からまた同じランプが点滅する。図面を確認すると、六階には六〇一から六一一までしか区画番号が振られておらず、六一二という番号自体が存在しないことになっていた。にもかかわらず、現地には古い金属製のプレートが柱に取り付けられていて、色褪せた黒字で「六一二」と刻まれている。誰がいつ取り付けたのか、記録は残っていなかった。
巡回のとき、六階の奥まで行くのが習慣になっていた。たいてい何もない。コンクリートの柱と、白線の消えかけた枠だけがある。だが月に二、三度、そこに車が停まっていることがあった。黒い車体で、輪郭がわずかに滲んで見える。ライトの反射のせいだと自分に言い聞かせていたが、近づいてもナンバープレートの数字だけがどうしても読み取れない。カメラで確認しようとしても、その区画だけ映像が薄い霧をかけたようにぼやけて記録される。夜勤の引継ぎでこの話をしても、誰も深く追及しようとはしなかった。
管理会社に報告はしていた。返答はいつも同じだった。「そこは古い設計図の名残で、実際には使われていない区画です。気にしないでください」。気にしないでいいなら、なぜプレートを外さないのか。なぜ空車ランプの配線をそのままにしているのか。聞いても、担当者は話をそらした。私はいつしか、六一二には近づいても目を合わせないようにし、巡回記録には「異常なし」とだけ書くようになっていた。それでも夜が更けるたびに、六階の空気だけがひときわ冷たく感じられた。
去年の秋、後輩の田村が夜勤に入るようになった。真面目な青年で、巡回も丁寧だった。ある晩、彼から内線で連絡があった。「六階に、六一二に停めていいか聞いてくるお客さんがいます」。私は驚いて聞き返した。あの区画を知っている客がいるはずがない。管理室の看板にも、案内図にも載っていないからだ。田村は「常連らしくて、いつもそこに停めてるって言ってました」と答えた。声の調子がいつもより間延びしていて、少し引っかかりを覚えたが、私は急いで六階へ向かった。
着いたとき、田村の姿はどこにもなかった。彼のトランシーバーだけが、六一二の柱の下に置かれていた。電源は入ったままで、微かなノイズだけが流れていた。区画には、いつものように黒い車が停まっていた。今度ははっきりと見えた。輪郭は滲んでおらず、普通の国産セダンだった。ただ、運転席側の窓に、田村の作業着の袖口とよく似た布地が一瞬映って消えた。私はその場で警察に連絡したが、来た警官には「本人が私用で抜けただけでは」と軽く流された。館内カメラの映像を提出しても、その一角だけが霧をかけたようで、証拠にならないと言われた。
田村は三日後に自宅で発見された。無事ではあったが、記憶がひどく曖昧になっていた。本人いわく、「お客さんに区画まで案内してほしいと言われて、一緒に六階へ上がった」ところまでは覚えているが、その後の三日間の記憶が丸ごと欠けているという。案内した客の顔も、性別さえ思い出せないらしい。ただ、目を覚ましたとき、自分の制服のポケットに、見覚えのない駐車券が一枚入っていたと話した。券には「六一二」とだけ印字され、入庫時刻の欄は空白のままだった。
その一件のあと、管理会社はようやく重い腰を上げ、六一二区画のセンサーと配線の撤去工事を発注した。工事の日、業者の作業員が壁の裏から古い書類を見つけた。竣工当時の設計変更申請書で、当初の図面には確かに六一二区画が存在し、途中で削除された経緯が記されていた。削除の理由の欄には「利用者からの継続的な苦情のため」とだけあり、具体的な内容は黒く塗りつぶされていた。書類の日付は、この駐車場が開業した年の翌年になっていた。担当者はその書類を見て顔色を変え、これ以上詮索しないでほしいと言い残して去った。
工事は完了し、プレートも外され、配線も切断された。管理室の一覧盤から六一二の表示自体が消えた。それで安心できると思っていた。だが工事から二週間ほど経ったある夜、巡回中に六階を歩いていると、コンクリートの床に、うっすらと白線の跡が浮かんで見えた。プレートも配線もないはずの場所に、区画の輪郭だけが残っている。目をこすってもう一度見ると、跡は消えていた。気のせいだと思うことにしたが、その晩は珍しく朝まで一睡もできなかった。
先週、田村が久しぶりに私に会いたいと連絡してきた。会うと、彼は静かにこう言った。「あの駐車券、まだ捨てられずに持っています。時々、券の入庫時刻の欄に、数字が浮かんで見える気がするんです」。私は詳しく聞こうとしたが、彼はそれ以上話したがらなかった。代わりに、財布から券を取り出して見せてくれた。確かに何も印字されていない空欄だった。ただ、光の加減によっては、薄い数字の影のようなものが確かに見えた。彼はその券を、お守りのように大事に持ち続けているらしかった。会話の最後、彼は「またあの場所に呼ばれる気がする」とつぶやいた。
今も私はあの駐車場で働いている。六一二の跡地は、今では普通に空いた区画として時間貸しの車が停まる。何も起きていない。それでも私は、夜の巡回であの角を通るとき、無意識に足取りが速くなる。柱の表面には、業者が削り取ったはずのプレートのビス穴が四つ、うっすらと残っている。穴の並びを見るたびに、そこにまだ何か、消えたはずの数字が刻まれているような気がしてならない。
先日の夜勤明け、駐車場の出入口で、見知らぬ女性に呼び止められた。「六一二に停めた車を、まだ取りに行けていないんです。案内してもらえますか」。私は言葉に詰まった。振り返ると、女性の姿はすでになく、代わりに足元のアスファルトに、小さな駐車券が一枚落ちていた。拾い上げる前に、風もないのに紙は宙で裏返り、印字面がこちらへ向いた。入庫時刻の欄に、今日の日付と、まだ来ていないはずの時刻が記されていた。