引っ越して三週間になる。築三十二年の単身者向けマンション、七階建ての五階。駅から徒歩十二分、日当たりも悪くない割に家賃が周辺相場よりかなり安く、内見のときは掘り出し物だと喜んだ。ただ一つだけ、契約前から気になっていたことがある。廊下の突き当たりにある非常階段の扉だ。
「非常用出入口 施錠中」というくすんだプレートが貼られたその鉄扉は、いつ見ても固く閉ざされている。管理会社に尋ねると、防犯上の理由から定期点検の日以外は開けない決まりになっていると説明された。特に不自然な話ではなかった。マンションではよくあることだと聞いて、そのときは納得して契約書に判を押した。
異変に気づいたのは、越してきて十日目の夜だった。午前二時過ぎ、寝室で目を覚ますと、廊下の奥からこつ、こつ、という乾いた音が聞こえてくる。等間隔で三回、少し間を置いてまた三回。ノックのようなリズムで、金属を叩くような硬い響きだった。風のせいだろうと自分に言い聞かせて、布団をかぶり直した。それでも一度気になってしまうと、音は耳の奥にこびりついたまま離れなかった。
翌朝、ゴミ出しのついでに隣室の老婦人と廊下で顔を合わせた。会釈をすると、彼女はしばらく私の顔をじっと見つめてから、声を落として言った。「あんた、夜中に変な音、聞かなかった?」。何の前置きもない問いに、思わず言葉に詰まった。
正直に聞いたと答えると、老婦人の表情がすっと曇った。「あの非常階段の扉、夜十一時を過ぎたら絶対に近づいちゃだめよ。特に、来月の十四日の夜だけは」。それだけ言うと、まるで逃げるように自室のドアの向こうへ消えてしまった。理由を尋ねる間も与えてくれなかった。
十四日というのが具体的に何の日を指すのか、そのときは見当もつかなかった。ただ、その夜が巡ってくるまでの間、私は言いようのない不安を抱えたまま日々を過ごすことになった。ノックのような音は、その後も三日に一度ほどの頻度で続いた。決まって午前二時前後、決まって非常階段の方角から聞こえてくる。仕事中もふとその音を思い出しては、集中を切らすことが増えていった。
気になって、休みの日に区立図書館へ足を運び、古い新聞の縮刷版を調べてみることにした。マイクロフィルムを何本も繰った末に、このマンションが建つ前、同じ敷地に別の集合住宅が建っていたことが分かった。そして十五年前の八月十四日未明、その建物の一室から出火し、上層階まで燃え広がる火災が起きていたという記事に行き当たった。
焼け跡から一人の男性の遺体が発見されている。彼は五階の非常階段付近まで避難していたが、扉が外側から住民の私物で塞がれていて開かなかったのだという。当時、通路への私物放置は管理規約で禁止されていたはずだったが、実際には守られておらず、火災後にそのことが問題視されて、管理組合が住民説明会で謝罪した経緯まで記事には書かれていた。
男性の名前は記事の中で伏せられたままだったが、当時の住民として取材に応じた人物の談話が印象に残った。「彼のせいで避難が遅れた、という噂がしばらく流れたけれど、それは違う。実際には彼が真っ先に煙のにおいに気づいて、隣近所を叩き起こして回っていた。彼自身が最後まで逃げ遅れたのは、他の人を先に行かせていたからだ」。
それにもかかわらず、彼は死後長いあいだ「火元にいちばん近い部屋の住人」として語られ、まるで避難を妨げた張本人であるかのように誤解されたまま、次第に人々の記憶から薄れていったらしい。真実を知る人がいても、噂の方が先に広まってしまえば、それを覆すのは容易ではない。人の記憶とは、思うよりずっと不公平にできているのかもしれない。
新しいマンションは、火災のあった建物を取り壊した跡地に、あらためて設計し直して建てられたものだった。非常階段の位置を図面で照らし合わせてみると、旧建物のときとほとんど変わらない場所に据えられている。そのことに気づいたとき、うなじのあたりがすっと冷たくなるのを感じた。
やがて十四日の夜がやってきた。私は眠らずに起きて、ダイニングの明かりだけをつけたまま時間が過ぎるのを待った。午前一時を過ぎたころから、廊下の奥で何かがきしむような低い音がし始めた。二時になると、こつ、こつ、という音がいつもより力強く、まるで拳で扉を叩くような響きに変わっていった。
恐る恐る玄関のドアを薄く開けて廊下を覗くと、非常階段の扉のノブが、内側からゆっくりと回っているのが見えた。もちろん、あの扉の向こう側には誰もいないはずだった。ノブは行きつ戻りつするように何度も動き、やがて力を使い果たしたように、ぴたりと静止した。
私はそのまま逃げるように自室へ戻り、鍵とチェーンをかけて、朝が来るのをじっと待った。翌朝、恐る恐る廊下に出てみると、非常階段の扉の外側の塗装に、うっすらと人の手のひらの形をした跡が浮かび上がっていた。雑巾で拭いてもなかなか消えず、後日、管理会社の手配で扉ごと塗り直されることになった。
塗装工事の日、立ち会いに来ていた古株の管理人にそれとなく火災のことを尋ねてみた。管理人は最初こそ言葉を濁していたが、しばらくしてぽつりと漏らした。「あの人、本当は何も悪くなかったのに、長いこと悪者扱いされてねえ。ここに来る前からずっと、誰かに分かってほしくて、扉を叩き続けてるんじゃないかって、古くからいる住人はみんな噂してるんですよ」。
その言葉が引っかかって、その夜、私は非常階段の扉の前に一枚の紙を置いてみた。図書館で調べた新聞記事の写しと、自分の字で書き添えた一行のメモだった。「あなたのせいじゃなかったと、ちゃんと分かっています」。子どもじみているかもしれないと思いながらも、それ以外に自分にできることを思いつかなかった。
翌朝、その紙は誰かに片付けられたようになくなっていた。掃除業者にも管理人にも確認してみたが、誰も触れた覚えがないという。ただ、その日を境に、夜中に聞こえていたノックの音はぴたりと止んだ。しばらくは半信半疑だったが、一週間過ぎても、二週間過ぎても、あの音は戻ってこなかった。
それから半年ほど、静かな夜が続いている。ただ、最近になって自分自身の奇妙な癖に気づいた。私は無意識のうちに、毎晩眠りにつく前、廊下の奥の非常階段の扉に向かって、ほんの少しだけ頭を下げるようになっていた。いつからそうしているのか、自分でも正確には思い出せない。友人にその話をすると、気味が悪いから引っ越した方がいいと言われたが、なぜか自分ではそう思えなかった。
先日、契約更新の書類に目を通していて、ふと視線が止まった項目があった。私の部屋番号は五〇二号室。図書館で読んだ記事の記録によれば、十五年前の火災で最後まで人を助けようとして逃げ遅れたとされる男性が住んでいた部屋も、同じ五〇二号室だったという。単なる偶然だと自分に言い聞かせながら、私は今夜もまた、廊下の奥に向かって静かに頭を下げている。