今から四年前、私は地方都市で夜間配送のドライバーをしていた。午後九時から朝の五時まで、スーパーやコンビニへ納品を回る仕事だ。決まったルートを毎晩同じ時間に通るから、街の細かい変化には誰よりも敏感だったつもりだ。新しく開いた店、移設されたバス停、消えた街灯。そういう小さな異変が、仕事の合間の唯一の楽しみでもあった。
その街には、もう十年以上前に廃線になったローカル線の線路跡があった。駅舎は解体され、レールも枕木も剥がされ、舗装された遊歩道になっている場所もあった。だが、一か所だけ奇妙な場所が残っていた。旧市街の外れ、住宅街と田んぼの間に、踏切だけがぽつんと残っている場所だ。遮断機も警報機も取り外され、線路のない舗装道路の上に、横断歩道のように古い白線が引かれているだけ。初めて見た時は、ただの路面標示の残骸だと思っていた。歩道の脇には、撤去され損ねた小さな車止めのポールが一本、傾いたまま立っていた。
ある晩、いつものようにその場所を通りかかった時のことだ。何の前触れもなく、カンカンカンカン——と、けたたましい警報音が夜の闇に響き渡った。思わず急ブレーキを踏んで停車する。だが、そこに遮断機はない。線路もない。ただの舗装道路で、警報の発生源も見当たらなかった。数秒で音は止み、あとは田んぼの蛙の声だけが残った。気のせいだと思った。ラジオの音か、遠くの工事現場の音が混ざったのだろうと。半ば自分を納得させるように、アクセルを踏み直した。
しかし翌晩も、同じ場所で同じ音を聞いた。正確に午前二時三十三分。今度は停車せず、そのまま走り抜けながらバックミラーを見た。舗装の上に、降りたはずのない遮断機の影が、街灯に照らされて落ちているように見えた。いや、それはただの電柱の影だ。そう自分に言い聞かせた。だが、音は明らかにあの場所から聞こえていた。あの場所に、警報機はもう何も残っていないのに。
その夜の終わり、納品先のコンビニの店長に何気なく話すと、店長の手が止まった。コーヒーを淹れようとしていたポットを置き、しばらくこちらをじっと見つめてから、低い声で言った。
「ああ……まだ鳴ってるんですか、あれ」
店長は三十年以上この街に住んでいるという。曰く、あの踏切は廃線のずっと前から有名だった。三十数年前の冬、最終電車が旧市街の駅を出発した直後、あの踏切のすぐ先で脱線事故が起きた。車両は二両だけで、乗客は誰も乗っていなかった。死亡したのは運転士の男性だけだった。原因は諸説あるが、線路上に何かを見つけて急ブレーキをかけた、という話が残っているという。
「その運転士さん、癖があったんだと。踏切を通過する時、必ず左手を挙げて合図するのが。警笛の代わりにね。単線のローカル線で、同じ区間を毎日走ってたから、顔見知りの住民に『今日もよろしく』って気持ちでやってたらしい。事故のあと、線路を撤去する工事が始まったんだけど、作業員がみんな聞いたらしいんだ。夜中に、カンカンカンカン——って。踏切が、まだ自分で鳴ってるんだって」
線路は剥がされ、遮断機は撤去された。だが、二時三十三分になると、工事現場の周囲にだけ警報音が響く。作業員が何人か辞めたあと、工事は中断され、あの場所だけが取り残されたのだという。市に問い合わせても、予算の都合で放置されているだけだと答えが返ってくる。噂を知る者だけが、本当の理由を口にしなかった。
「あれはな、電車を待ってるんだよ。線路がなくても、踏切は自分の役目を忘れられないんだ」
店長はそう言うと、カウンターの隅の小さな写真立てを指さした。古びた写真に写っていたのは、若い頃の店長と、小さな子どもを連れた女性。背景には、まだ現役だった頃の踏切と、白い車体のローカル線が写っていた。
「この子が、うちの娘でね。事故があった夜、あの最終電車に乗るはずだったんだ。急に熱を出して、乗らなかったんだよ。運転士さんは、それを知ってて——最後に手を挙げたんだって、後から奥さんに聞いた」
私は何も言えなかった。店長は写真立てを戻し、コーヒーを淹れ直すと、静かに付け加えた。
「娘は今、県外で結婚してる。あの電車に乗ってたら、俺のところには生まれなかった子だ。だから俺は、あの踏切のことは絶対に忘れないし、忘れちゃいけないと思ってる」
翌晩、私はその踏切のそばに車を停め、エンジンを切って待った。二時三十三分。カンカンカンカン——と、また警報が鳴り始めた。遮断機はない。線路もない。だが確かに、何かが迫ってくる気配がした。風が巻き上がり、田んぼの草が一斉に同じ方向へ倒れる。そして、かすかなモーター音とともに、白い光の帯が、線路跡をゆっくりと通過していった。
その光の先頭に、人影があった。帽子をかぶり、左手を挙げて——踏切に合図を送りながら、通り過ぎていった。光の中の顔はよく見えなかった。けれど、その仕草は、写真で見たあの列車の運転士の姿と、寸分違わず重なった。
光が消え、警報音が止むと、すべてが元の静かな夜に戻った。私は車に戻り、ハンドルに額をつけてしばらく動けなかった。あの運転士は、もう三十年もの間、廃線になった線路を走り続けている。乗客が誰もいない電車を、自分の役目を果たすために。あの晩、もし自分が熱を出さなければ乗っていたはずの、小さな命を守ったことにも気づかぬまま。
それから私はルートを変更した。あの踏切には二度と近づいていない。だが、今でも午前二時三十三分に目が覚めることがある。目を閉じると、闇の中を走る白い光と、手を挙げた影が見える気がするのだ。あの合図は、今も誰かに向けられている。この街に住む誰かが、無事でいるようにと。
先日、久しぶりにその街を通る機会があった。あの踏切の場所は、いつの間にか歩道橋に架け替えられ、周囲には新しい住宅が建ち並んでいた。傾いた車止めのポールも、古い白線も、もうどこにもなかった。あの場所が踏切だったと知る者だけが、立ち止まって何かを探すように空を見上げる。私もその一人だった。
あの踏切は、今も毎晩、線路のない場所で警報を鳴らしている。誰かが電車を待っている限り、踏切は踏切であり続ける——そう、私は思う。