父が死んで、実家を整理しに帰った。
五年ぶりに戻った家は、思っていたより傷んでいた。庭の雑草が膝の高さまで伸び、軒先の板が腐りかけて黒ずんでいた。南の縁側から廊下を歩くと、床板が軋んだ。父が最後の二年を一人で過ごした家だと思うと、少し胸が痛んだが、感傷に浸っている余裕はなかった。不動産業者が査定に来るまで一週間しかなく、その前に家の中を片付けなければならなかった。
荷物の整理は順調に進んだ。父は几帳面な人間だったので、押し入れや戸棚はよく整理されていた。引き出しを開けると、書類は種類ごとに仕分けられ、通帳と印鑑は専用の袋に入れてあった。食器棚も、使いかけの調味料も、ゴミ袋に入れて出せば済む程度だった。どれも、片付けるというより確認するだけの作業だった。
ただ、一か所だけ、手をつけられない場所があった。
廊下の突き当たり、一番奥の部屋だ。
子供のころから、その部屋に入ったことはなかった。物置か何かだと漠然と思っていた。引き戸に小さな南京錠がかかっていて、幼い頃に触ろうとしたとき、父に「あそこは触るな」と静かに言われた。父が怒鳴ることは滅多になかったが、あのときの声は妙に低くて、子供だった私はそれ以上何も聞けなかった。父が死んでからも、その部屋のことは自然と後回しになっていた。
整理三日目の午後、父の寝室の小引き出しを整理していたとき、奥に小さな鍵を見つけた。
古い鍵だった。表面に細かい錆が浮いていて、指で触れると少し粉がついた。形を見た瞬間、廊下の奥の南京錠が頭に浮かんだ。試す必要はないかもしれない、と思った。でも、気がつくと廊下を歩いていた。
鍵は合った。一度引っかかって、少し力を入れると、南京錠が外れた。
引き戸を開けると、埃の臭いがした。古い紙と、少しの湿気。部屋の中は暗かった。スイッチを探すと、裸電球が一つついた。部屋は四畳半ほどで、家具は何もなかった。窓が一つあり、雨戸が閉まっている。壁際に、段ボール箱が整然と積まれていた。
箱の中は、ノートだった。
大量のノートが、年代順に並んでいた。一番古いものは二十年以上前の日付で、表紙に父の字で年が書いてある。一番新しいのは、今年の春、父が入院する一か月前の日付だった。
何気なく一冊を取り出して、開いた。
父の几帳面な字で、毎日、日付と本文が書かれていた。最初の数か月は普通の日記だった。仕事の記録、天気、食べたものの記録、体の不調。義母の三回忌に参加した記述もあった。読んでいると、父の日常が浮かんでくるようで、少し息が詰まった。
ところが、ある日を境に、内容が変わった。
「今夜も、庭の奥に立っていた」
日付と、その一文だけだった。
翌日も同じ文が書かれていた。「今夜も、庭の奥に立っていた」。その翌日も、また翌日も。何週間も、同じ内容が繰り返された。たまに、短い言葉が加わった。「今夜は少し近い気がした」。「雨が降っていたが、傘はなかった」。「こちらを向いているかどうか、分からない」。
怖くなって、一冊を読み終えると次のノートを手に取った。
記述は続いていた。女は少しずつ近づいていた。最初は庭の奥の、木の陰に立っていたものが、半年後には「縁側の近くにいる」という記述に変わり、一年が経つと「窓の外に立っている」になった。雨戸の前に、毎夜、立っている。顔は見えない。ただ、立っている。
父はそれを、十数年にわたって記録し続けていた。
読みながら、何度も立ち止まった。この部屋は、それを記録するためだけに使われていたのだ、と分かってきた。毎晩あれを見て、ここに書いて、鍵をかけて、翌朝また普通に仕事に行っていた父のことを、うまく想像できなかった。なぜ誰にも話さなかったのか。なぜ家を出なかったのか。そのどちらの答えも、ノートには書かれていなかった。
最後のノートを手に取った。
最後のページを開いた。
短い一文が、いつもより乱れた字で書かれていた。
「今夜、雨戸を開けた」
それだけだった。日付は、父が救急搬送された夜と一致していた。次のページは白紙だった。
私はノートを閉じた。部屋はほの暗く、裸電球の光だけが落ちている。壁際に積まれたノートが、黙ってこちらを見ているような気がした。
窓が気になった。雨戸が閉まったまま、ずっとそこにある。父が最後の夜に開けたはずの雨戸が、また閉まっている。誰が閉めたのか、分からなかった。
雨戸に手をかけた。
鍵はかかっていなかった。
指先に力を入れたとき、雨戸の向こうで何かが動く気配がした。窓のすぐ外から、微かに、何かが立っている重さを感じた。
私は静かに手を離した。
部屋を出て、廊下に戻り、引き戸を閉めた。南京錠をかけようとしたが、鍵はノートの箱の上に置いてきてしまっていた。また入る気になれず、そのままにした。
その夜、私は廊下の奥を見ないようにして眠った。
翌朝、業者に電話した。残りの整理を頼む、ただし一番奥の部屋には入らないでほしい、と伝えた。理由を聞かれたが、うまく答えられなかった。「古い書類があるので」と言って電話を切った。
処分は、また考える。
父が十数年かけて記録し続けたものが、あの雨戸の向こうにある。
私には、それを確かめる気になれなかった。