八月の末に、私は一人で海辺の小屋を借りた。
桐島優希、二十六歳。フリーランスのウェブデザイナーで、夏じゅう締め切りに追われ、お盆もゴールデンウィークも仕事に潰れた。遅れに遅れた自分への慰労として選んだのが、千葉県の端の漁村にある民泊施設「汐見荘」だった。崖の端に建つ古い木造の小屋で、窓を開ければ眼下の岩礁が見渡せる。評価は三件しかなく、写真は色褪せていたが、コメントの一つが気になった。「夏に行くなら、夜は窓を開けないように」。虫が多いのだろうと解釈して、気にしなかった。
管理人の老人は、鍵を渡すなり「ゴミは持ち帰り、漁師の邪魔をしない」とだけ言って軽トラで走り去った。素っ気ない人だと思ったが、私はむしろそれが気楽だった。小屋の中は板張りで、古い家具が数点。縁側に出ると、眼下の岩礁が一望できた。潮が引いて、黒い岩が帯状にのぞいていた。夕飯は近くの商店で買ったコンビニ飯、缶ビールを飲みながら縁側から海を眺めた。磯の香り、遠くの漁火、崖の下で白く砕ける波。スマホも仕事のメールも忘れて、ただ潮騒の中に座っていた。最高の夜だ、と思った。
だから余計に、夜の十時頃に子どもの声が聞こえたとき、違和感を覚えた。
縁側に出て崖下を覗いたが、月明かりが薄く、波際の岩礁はほとんど黒い影だった。形が動いているような気もしたが、目を凝らすと何もない。笑い声と思ったのは、風と波の音が交じったせいかもしれない。そう納得して、布団に入った。
翌朝、縁側に足跡があった。
大人の半分ほどの小さな足型で、濡れた足で歩いたように板が黒く染まっていた。縁側の端から始まり、引き戸の真ん前で止まっていた。引き戸の前で二つの小さな足型がきれいに揃っている。まるで中に入れてほしいと待っているかのようだった。管理人に電話すると「潮が跳ねたんでしょう」と短く言って切れた。私は雑巾で拭き、スマホで写真を撮った。撮った写真を見返すと、足型は予想よりずっとくっきりしていて、かかとからつま先まで形がはっきりしていた。
二日目の昼は晴れて、海沿いを散歩した。夜も特に何もなく眠れた。翌朝の縁側もきれいで、「やっぱり気のせいだった」と笑い飛ばした。
三日目の深夜、目が覚めた。
ぺたぺたという足音が、縁側を歩いていた。一人ではない。小さな足が複数、ゆっくりと小屋の外を巡っていた。一周、二周、三周目の終わりに、引き戸の前で止まった。外でくすくすと笑う声がして、それから声が一斉に何かを唱え始めた。聞き取れないが、同じ言葉を繰り返している。五分か、十分か、時間の感覚が狂っていた。私は布団の中で目を閉じ、息を殺した。声はやがて止み、足音が遠ざかっていった。崖下の岩礁へ、潮騒の中に吸い込まれるように。
四日目の朝、縁側の足跡は六つの異なる足型で埋まっていた。
どれも子どもほどの大きさで、全部が引き戸の前に集まり、重なり合っていた。私はそれを拭こうとして、手が止まった。足型の一つが、ほかよりずっと小さかった。幼稚園に上がる前の子どもほどの、小さな小さな足だった。私は結局、拭かないまま小屋の中に引っ込んだ。
本棚の隅に写真立てがあることに気づいたのは、そのときだった。白黒の古い写真で、崖の上の岩礁に六人の子どもが笑って並んでいる。背景の崖の形は、今見えているものと同じだった。裏に鉛筆書きがあった。
「汐見荘前にて、昭和六十四年夏」
六人の名前が書かれ、最後にこう続いていた。
「翌日、六名全員がこの磯で波にさらわれた」
スマホで検索すると、地元紙のアーカイブが一件だけ出た。昭和六十四年八月、林間学校で民泊滞在中の小学生六名が、早朝に岩礁で遊んでいるところを急激な高波に攫われ全員死亡。遺体はいずれも当日、崖の下の岩礁で発見された——という記事だった。記事に添付された現場写真で、私はその崖が汐見荘の真下だとわかった。私はゆっくり写真立てを本棚に戻した。六人の子どもたちが、笑ったまま、こちらを見ていた。
最終夜、私は眠れなかった。
深夜になると声が来た。今夜は最初から笑い声で、足音が縁側を一周してから引き戸の前で止まった。ノックはなかった。代わりに、澄んだ一つの声が静かに言った。
「ねえ、入れて」
怒っていない声だった。ただ穏やかに、無邪気に続けた。
「一緒に夏、しようよ。まだ終わってないから」
まだ終わってないから。まだ終わってないから。六人の声が重なって繰り返した。私は布団の中で、声が止むまで身を縮めていた。やがてひとつずつ声が遠ざかり、最後の一つが消える寸前、引き戸の向こうで小さくつぶやいた。
「また明日ね」
夜明けとともに荷物をまとめ、鍵を郵便受けに入れ、振り返らずに山道を走り下った。麓のコンビニで息を整えていると、スマホに通知が来た。民泊サイトのメールで、「汐見荘に新しいレビューが届きました」とある。
ユーザー名はなく、アカウントIDも空白だった。
レビューは一行だった。
「★5 最高の夏でした。また来年も」
投稿時刻は午前三時四十二分。私が布団の中で声を聞いていた、あの時刻だった。
今は九月の末だ。暦の上では夏は終わった。でも、千葉の外れの崖の上で、昭和六十四年の夏がまだ終わっていない。六人の子どもが毎晩岩礁から小屋に向かい、引き戸の前で繰り返している。
一緒に夏、しようよ。まだ終わってないから。
私は今も、あのレビューの通知を消せないでいる。