四十一

学校の怪談 |2026.09.30

高山詩織が二年B組に進級したとき、最初に気づいたことがある。

教室の机が一つ多い。

二年B組の生徒は四十人だ。でも教室の机の数を端から数えると、どうしても四十一になる。始業式翌日の朝、詩織は開け放った窓の前で一人、机を数えた。四列に並んだ縦の列。前から後ろへ十個、それが四列で四十。そして最後列の右端——北側の窓に最も近い位置に、もう一つ。

一年生のときからそうだったのかもしれない。ただ気づいていなかっただけで。

担任の吉田先生は、その机の前を通るとき、いつも少しだけ歩みを早める。清掃当番の生徒は周囲を丁寧に掃くが、引き出しを開けようとはしない。詩織が「なんで開けないの」と聞いたとき、当番の男子は「なんとなく」と答えただけだった。

誰も決めたわけではない。ただ、そうなっていた。

一学期の途中でそのことを思い出したように加奈が言った。「あの机、七不思議の一個らしいよ。誰が座っても次の日学校来なくなるって」。詩織は「それ、座れる人がいないなら試しようがないじゃん」と返した。加奈は「だよね」と笑い、それ以上の話はなかった。

三か月がそのまま過ぎた。

——

期末試験の三日前、座席表が配られた。

詩織の出席番号は四十番。番号順で割り当てると、詩織の席は最後列のひとつ前——四十一番の机の真前になった。

隣の加奈が「席、前後ちがくない?」と言った。

「ちがう。私が四十番で、後ろは空席」

「ああ、そっか」

それ以上何も言わなかった。詩織も言わなかった。

——

試験初日。詩織は自分の席に座り、問題用紙が配られるのを待った。

窓の外に梅雨明けの空が見えた。白い雲が遠くに積み重なっている。教室は静かで、ペンを置く音と消しゴムがこすれる小さな音だけがした。試験が始まり、詩織はひたすら問題用紙に向かった。

三十分が過ぎたころ、背中に視線を感じた。

手が止まった。後ろには空の机があるだけだ。誰もいない。でもその感覚は消えなかった。皮膚の表面が細かく粟立つような、首筋が涼しくなるような、乾いた空気がよどんだような感じが続いた。

振り向いてはいけないと思った。試験中に後ろを向けばカンニングと疑われる。

でも、気づいたら頭が動いていた。

四十一番の机の天板に、文字があった。

蛍光灯の光が斜めに当たる角度で、削り込まれた痕がはっきりと浮き上がった。日に焼けて薄くなっているから、最近のものではない。鉛筆でも油性ペンでもなく、何か尖ったもので板そのものに刻みつけた痕だった。

「高山詩織」

自分の名前だった。

試験監督の松岡先生が巡回してきたとき、詩織は手を挙げた。

「先生、後ろの机に名前が彫ってあって——」

松岡先生が机を確認した瞬間、顔色が変わった。青ざめるというより、白くなった。唇がわずかに動いて、すぐに止まった。先生はそれ以上何も言わず、「放課後、職員室に来なさい」とだけ告げて歩き去った。他の生徒に見せないよう、少し早い足取りで。

——

放課後、詩織が職員室のドアをノックすると、松岡先生はすぐに出てきた。廊下の端まで連れて行き、周囲を確認してから声を低くした。

「高山は、この学校に縁のある親族がいるか?」

詩織は少し考えた。

「祖母が同じ市内の出身だとは聞いています。それが何か?」

先生は一度、視線を床に落とした。顔の筋肉が微かに動いた。何かを選んでいるような間があった。

「二十三年前に、この教室で——」

廊下の向こうから声が割り込んだ。「松岡先生、お電話です」

先生は小さく「また明日話す」とだけ告げ、急ぎ足で職員室へ消えた。詩織は廊下に一人残された。夕方の光が窓を斜めに照らし、廊下の床に長い影を作っていた。

——

その夜、詩織は眠れなかった。

布団の中でスマートフォンを開き、学校名と「高山」「事故」で検索した。二十分探したが、何もヒットしない。古い出来事はインターネットには残っていないらしかった。祖母に電話しようかとも思ったが、深夜一時を過ぎていた。

詩織は目を閉じた。眠ったのか眠れなかったのかわからないまま、気づくと教室にいた。

蛍光灯は消えていて、窓の外に白い月が浮かんでいた。机が四十一個、整然と並んでいる。最後列の端、北側の窓に近い席に、誰かが座っていた。白いブラウス。黒い後ろ髪。肩に力が入っていない。ただじっと、窓の外を向いている。

「ねえ」と詩織は声をかけた。

その人物がゆっくりと振り返った。

顔を見た瞬間——

——

朝、目が覚めると、詩織は布団の中に正座していた。

額に汗が滲んでいる。夢の続きが記憶に残っていない。でも何かを見た、という感触だけが、胸の中に冷たく残っていた。

学校に着いて、詩織はまず教室へ向かった。ホームルームには早い時間で、生徒は三人しかいなかった。詩織は最後列まで歩き、四十一番の机の前に立った。

昨日見たはずの自分の名前を確認しようとして、立ち止まった。

天板の文字は消えていた。

代わりに、新しい痕が刻まれていた。昨日よりも深く、鮮明に。

「来るな」

それだけが、机に彫られていた。

詩織は三歩後退した。机の引き出しが少し開いていることに気づいた。中を覗くと、黒ずんだ一冊のノートが入っていた。表紙に名前と日付が書いてあった。

名前は「高山詩織」。

日付は、二十三年前だった。

ノートを手に取るべきか、詩織はしばらく考えた。後ろで教室のドアが開く音がして、クラスメートが入ってきた。詩織は引き出しをそっと閉め、自分の席に戻った。

その日の授業中、後ろからの視線はなかった。

ただ昼休みに一度だけ振り向くと、引き出しがまた少し開いていた。

——

翌朝、松岡先生は休んでいた。

代わりに入った若い先生は何も知らなかった。一時間目の授業中、詩織は四十一番の机を見ないようにしていた。

でも休み時間に、後ろを向いた。

引き出しが、全開になっていた。

中は空だった。ノートは消えていた。

教壇から見て右側の窓に、細長い影が映っていた。影は窓の外にあるはずだった。でも光の方向からすると、外に何かがあるなら、それは窓の外ではなく、教室の中に立っているものの影になるはずだった。

詩織は立ち上がれなかった。

影は少しずつ、詩織の席の方へ近づいてきた。

四十一番の机の椅子が、音もなく後ろに引かれた。

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